ワールドカップは目が離せないものだった。そこには、スポーツという名の統一国家の普遍的なイデオロギーが冒涜されたのを見て見ぬふりのできない精神があった。私たちは、国境から遠く離れた山奥の荒廃したスタジアムで、強制された移動がなく、愛に満ちたもう一つの戦いを想像した。そこは、陰と陽という二つの側面が、互いがなくしては発展できないこと、互いがなくしては生き残れないことを理解し、戦いを繰り広げる場所なのだ。